期待をしないで行動する

心の内面について
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期待は他力本願的な気がする

 これまでの私は、色んな本を読んでは、これは自分に合いそうか、これは何か自分を変えてくれるのではないかと期待していた。

 本に限らず、誰かの言葉が何か自分に変われるキッカケを与えてくれるのではないかと期待していた。

 本なり言葉なり、今の自分が置かれている環境(仕事を休職していること)を何とか肯定し、大丈夫なんだ、これから先何とかなる、という気持ちを持ちたいとの期待があった。

 本を読んだり言葉を聞いたりして自分が変われるのではないかと期待をすることは、ある意味他力本願的であるなと、感じるようになってきた。

 今自分が置かれている環境を是認できるような言葉を探しているので、ただただ精神安定剤的な効果しかないのではないかと思うようになってきた。ただただ自分を慰めているような感じである。

 ずっと仕事を休んでいては生活が成り立たなくなるので、どこかで見切りをつけなければいけない。転職活動もしてみたが50歳を過ぎての転職は芳しくなく、色々考えてみて、今の会社に管理職から降格した上で復職することを決めた。

 色んな本なり人の言葉を聞いて、何か自分が変われるでのはないかという期待は、結局のところその本なりその人の言葉は自分の人生そのものではないので、そこから何か変われるのではないかという期待は望が薄いのだと思う。生き方の参考にはなるかもしれないが、そこから何かが変われるのではないかという期待を持たない方が良い。

 期待という言葉自体が、何か他力本願的で受け身な感じがする。自分が期待する内容は、自分のマインドが変わり、心穏やかに生きていけるようになりたいと思う気持ちであるが、その期待の内容が自分に合致していないと落胆する。期待が大きいほど落胆の思いは強くなる。

 当たり前だけど、人にはそれぞれ違う生き方があるので、他人の言葉を借りてきて、そのまま自分が変われると思うことの方が虫が良すぎるのだと思う。もし変われたとしても、それは自分の人生を生きることにはならない。どこかで行き詰まり、苦しくなる。

自ら行動していくこと

 ただ期待するということではなく、自ら行動するという視点に変えることで、この先に見える景色も変えていこうという考え方を持つことにした。

 本を読むこと、人の言葉を聞くこと、これらの行為に対して、自分のこれからの行動をどのように調整し変えていこうかという風に考えていくと、受動的な姿勢から能動的な姿勢に変われるのではないかと思う。

 本を読むこと、他人の言葉を聞くこと、これ自体は自分の思考に刺激が与えられるので、とても良いと思う。それをそのまま鵜呑みのするのではなく、自分用にカスタマイズしていくイメージを持つ。

 行動についても、そんなに大層なことは考えない。あくまで自分ができること、自分の許容範囲の中で、少しづつやっていくイメージを持つ。

 そのためにも、まずは今は会社への復帰訓練をしっかり実行し、会社への復職を目指す。復職にあたっては管理職から降格し、プレッシャーを少しでも和らげていく。

 日々の生活においても、リズムをしっかり整え、食事も大食いすることなく腹八分目にしておく。

 適度な運動、ウォーキングや軽いジョギングなどして汗を流すこともする。

 何かによって自分が変われるのではないかという期待ではなく、何かをして自分を変えていくという心持ちに変えていく。

 バランスよくやっていきたい。何かに偏向することなく、今の自分の環境をしっかり見定めて、総合的に判断して進めていく。

焦らなくても良い

 そこには、焦りは禁物である。焦るということは、その時点で誰かと、または世間と自分を比較して、自分はまだまだ駄目だと思うから。冷静に自分を見つめ、不足しているのであればそれを補い、何かに代用できのでのあればその力をお借りする。

 人生は誰かと競争するものではない。負け惜しみではなく、自分ができること、自分ができることで誰かの役に立てること、それを愚直に行い、継続していけることが大事なのだと思う。

 

 

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